野球観術

野球や組織論はいつだって愛情から始まる

どくしょかんそうぶん その2 ㊥

 

saiyuki6.hatenablog.jp

 

前回の読書感想文の続きです。(※長文につき注意)

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前回は、言葉の力で選手を指導するには、寄り添う姿勢、選手を観察し会話をする中で、初めて力を発揮すると言う内容で終わったかな?

←解釈は人によって違って良し(笑)

 

では、実際に橋上氏がどんな“言葉”を使って選手と向き合っていたかを紹介していこうと思う。

 

2012年に巨人の戦略コーチに就任した際に、巨人の選手のレベルの高さには驚かされたそうだ。

その中でも、阿部慎之助の打撃は目を見張るものがあり、なぜ彼がこれだけの技術がありながら、本塁打王打点王、などのタイトルが獲得できないのか不思議に思って、シーズン中に阿部を観察していると、あることに気付いたそうだ。

 

「(阿部が)守備におけるストレスを感じている。」

 

投手が打たれると「打たれたのは俺のせいだ!」とイライラしてベンチに返ってきては気持ちを切り替えることの出来ないまま打席に立つことが多く、このストレスを取り除くことが必要だと察して、

 

あえてベンチでは“野球以外の話”をして頭の中を切り替えさせ、気持ちよく打席に立たせることを意識して声を掛けていたそうだ。

 

この年の巨人はリーグ優勝、日本一に輝き、阿部自身も首位打者打点王を獲得した。

 

この時に橋上氏が“勉強させられた”と記しているのは、阿部のように捕手で4番と言う攻守に渡って背負うものが大きい選手にはストレスの軽減が出来ているかをしっかり見ていることが大切だと言うことだ。

 

同じく、打てる捕手と言えば2019年の前半終了時点で打率ランキング4位になっている。西武の森友哉だ。

彼は投手が打たれてベンチに戻って来ると

「ダメです、ダメです、もうリードはダメです!」と弱気の虫が口をつく。

当時西武のヘッドコーチだった橋上氏は森に対して

「そんなに弱気になったって仕方ないだろう。どんなにいい投手だって、打たれる時はあるんだ。」

「『なぜ打たれたのか』を反省しても、必要以上に落ち込む必要などないんだ」

と激励をしていた。

 

森は捕手として発展途上にある。「ダメだ」と口にしているのは、自分自身に何が足りなかったのかを把握している証拠である。

失敗がわかっている者に指導者が追い打ちをかけるように叱れば、さらにマイナス思考になってしまう。

 

そうなってしまえば、彼の持つ捕手以外の能力、つまり持ち味の一つである打撃にも悪影響を及ぼしてしまうかもしれない。

そこで私(橋上氏)は森にこう付け加えることも忘れなかった。

「たしかに今のイニングは失点した。でも、その分お前はバットで取り返せばいいじゃないか」

そうやって頭を切り替えさせることを促していたのだ。

 (本文引用)

 

ここで驚かされたのは、何か野球の技術的な話や特別なメンタルケアのようなことをしているのかと思いきや、両選手の様子を観察し、気持ち良く打席に立たせるために、選手の置かれている立場や状況を考え、言葉をかけることで選手の活躍を後押ししていたと言うことだ。(阿部にはあえて野球の話をせず、逆に森には野球の話をしてポジティブな気持ちを取り戻させようとしていた)

 

監督は立場上このような方法で、選手のケアをすることは難しい。

なにせ、スターターや選手の交代、時には2軍行きを告げる立場の人が、試合中にこのような言動をとってしまうと選手のプレーする気持ちに悪影響を与え兼ねない。

 

まさに、橋上氏の名参謀としての力が発揮されたエピソードだった。

 

~言葉が通じる環境かどうか~

 

プロ野球の指導者のコーチングの本を読んでいて大切なことは、“教えないこと”と言うのが共通している感がある。

 

選手をよく観察し、選手自身が考えその手助けをすることが指導者としてあるべき姿で、教えすぎることは選手の成長を逆に妨げてしまうと言うのだ。

 

これはあくまでもコーチングの話で、ティーチングはしっかり教えると言う考えであるため、新人選手(社会で言えば新入社員)にはしっかり基礎を作るための指導は必要だと言う。

 

ここの見極めをすることも指導者としてのスキルが問われるのだと思うが、このタイミングがしっかり見極められていても、時として環境がその“言葉の力”を妨げてしまうことがあると言う。

 

その例に出てきたが、巨人からトレードで日本ハムに移籍して大活躍を見せている大田泰示だ。

 

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大田の能力や経歴についてはあえて触れるまでも無いと思うので割愛するが、

 

(大田は)二軍で結果を出したところで、いざ一軍に上げてみると、三振や凡打を繰り返し、挙げ句守備でもお粗末なエラーをしてしまうなど精彩を欠く場面が多かった。

 

そこで環境を変えると言う意味で16年オフに日本ハムに移籍させたのだが、これが見事に当たった。

(省略)

いったい巨人時代と何が変わったのか。私は大田本人に直接聞いたことがある。そこで返ってきた答えがこれだ。

「自分で考えて、練習に取り組むようになりました。」

彼(大田)が巨人にいたとき、私(橋上氏)は

「もっと自分で考えて練習に取り組まなきゃダメだぞ」

と口を酸っぱく言ってきた。

だが、当時の大田はわかったようなわからないような曖昧な素振りだった。それが日本ハムに移籍した途端、「橋上さんが巨人時代に言っていたことが、ようやくわかりました」と言うではないか。

その真意を聞くと、

日本ハムではコーチから多くのアドバイスをもらうことは一切なくなったので、どんな練習に取り組んだらいいか、自分で考えなくてはいけなくなったんです」

と大田は言った。

 

巨人時代に貴重なアドバイスを数多くもらったが、そのすべてを自分の技術にしようと試行錯誤していた。

「この技術をモノにできなければ一軍で活躍することができない」とまで考えていた。

 

だが、「日本ハムで何も言われない分、自分でやらなければならないんです。それがいかに実になることなのかが、よく理解できるようになりました」と明言していた。

 (本文引用)

 

橋上氏のこの項での真意は、自分で何が必要なのかを考えて練習することの意味、自分自身に責任感が芽生えると言う例で挙げているのだか、僕の捉え方は少し異なる。

 

なぜ、橋上氏が言っていることと、日本ハムがしている指導方法が同じなのに、結果がここまで違うのか?

 

それは巨人と言う環境がその

“言葉の意味”を理解させにくいものにしているのだと…

巨人は常に結果が求められる、ましてやコーチ陣も巨人と言う閉鎖的な環境で現役を過ごし、コーチとして指導に当たっている。

その当時のコーチの指導内容云々では無く、

大田が置かれていた立場や巨人の環境が大田の成長を妨げていた。大田はコーチの言うことを聞けば1軍に上がれると言う感覚に陥ってしまった部分もあったのではないか…

 

環境の差と言う側面においては、僕も似たような経験がある。

同じ業界で転職をした際、転職前の会社はルールがほとんど無い所謂“無法地帯”の環境だった。

基準があいまいなため、上司としては部下の指導に困る事が多々あった。

その分、自分自身の言葉で何かを伝えることはやりやすかった。

逆もしかりで、基準が無いため本社の人間からいろんなことを言われ混乱することが日常茶飯時だった。

 

しかし転職先では、ここまでするかと言うくらいルールが厳格で、年に1回そのルールのテストがあるくらいしっかりとしたマニュアルを持っていた。

上司もマニュアルを盾にして指導にあたる分、変な曖昧さを残さなくて良い分、考えることを一切しなくなる。

部下もとりあえず、ルールに沿って仕事をこなせば良いと言うことになるが、実際の現場では幅が無いためどうしても無理が生じることもある。

 

これはどちらが正解かと言えば、後者(転職先の会社)であることは間違いない。

 

しかしルールが無い中で、ある程度自分の中で基準を作って、試行錯誤を繰り返してきたことは、必ず身になっていく。

僕自身の話で恐縮だが、今年は長梅雨で気温もすごく低いが、通常はこの時期になると、スーパーやコンビニに並ぶ、冷やし中華や、冷やしそばがおいしい季節になる。

 

しかし昨年は、ゴールデンウィークに30度を越える日が続き、いわゆる涼味と言われる商品(=冷やし中華や、ざるそば等々)の発注がイレギュラーな形で必要になった。

 

転職前の会社では、本社から「涼味の発注を増やせ!」と通達が来る。

(この会社は本社の通達に従っても結果や見栄えが悪ければ店の責任)

しかし、転職先では情報伝達ルートがしっかりしていて、

冷やし中華は通常の〇倍、ざるそばは〇倍、発注しなさい。」と通達が来る。

(この会社は本社の通達に背くことは基本的には許されず、店の責任にされることは、ほぼ無かった)

 

転職先でこのゴールデンウィークに、ある問題が起きた。

この通達が来たのが、

僕の上司が休みで発注期限がその日だったこと、

そして発注指示の数量がセオリーに大きく反するような数量であったこと、

その数量を決めた情報伝達者に相談をしたくても理由があって相談することが不可能だったこと

要はこの情報伝達者が会社のマニュアルに従ってきたが故に、イレギュラーが起きたときに対応できなかったことを、そのまま指示に従って発注をしなければいけなかったのだ。

(この人の名誉のために言っておくと、仕事も早く、若くして出世しており、人間的にもしっかりしていた。)

 

結局、僕の裁量で、数量を訂正し発注をかけた。もちろん副店長にはその旨の報告をして帰宅をしたが、次の出勤の時に大目玉を食らったのは言うまでも無い…

自分で言うのもなんだが、発注数量は適正だったし、基準が無い中で取得してきた技術はやはり正しかった。

 

正解より、指示に従うことが優先される組織では、自分で考えることをしなくなる。

この会社はこういったマニュアル化が業績を支えていて、他社では到底真似できないレベルにある。だから間違っていると言うことは言えないのだ。前述したがこの業界では正解だと思う。

ただ、社会人として広い意味で個々の能力を伸ばしてあげようとしてかける“言葉”が通じる環境ではないと感じた。

 

環境が言葉を左右する

ということは仕事だけでなく、人間関係における全てにおいて言えることでは無いかと思う。

学校、サークル活動、仕事、恋愛、結婚生活、人間が人と交わる時に使われる“言葉”は環境によっては、なんの意味もなさないこともあり、大田泰示のように、環境が変わることでその意味が分かる事もある。

 

 

阿部と森に対する声のかけ方

大田泰示の環境が変わることでの言葉の伝わり方

 

今回紹介した2つの例は、参謀として必要なことが非常に凝縮されている気がした。

 

コーチングとして、教え過ぎてはいけない。

その中で、選手が置かれている立場や性格、そして大田のように環境の要素まで考えて、“言葉”を使って指導をしていくこと。

 

これを熟知し、指導者として実績を上げてきた橋上氏はやはり、“名参謀”なのだと思う。

 

次回はコーチングの側面と言うよりも、ティーチングの側面から、橋上氏の記述と自分の考えを更新しようと思う。

 

長文にお付き合い頂き本当にありがとうございました。