野球観術

野球や組織論はいつだって愛情から始まる

大船渡高校 佐々木君にとって○○とは…

夏の全国高校野球の49出場校が出揃い、明日3日(土)には組み合わせ抽選会が行われ、6日(火)から熱い戦いが繰り広げられる。

 

そ の 前 

どうしても言いたいことが…

 

先日の岩手県予選の決勝戦花巻東高校VS大船渡高校の試合で、大船渡高校のエース佐々木朗希君を国保監督が登板させずに敗退したことに関して賛否が巻き起こった。

 

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ことによって、サンデーモーニング(TBSの番組)であの“老害張本勲がとんでも無い発言をした。

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その事に対し、ダルビッシュの非難するツイートが拡散し、長友佑都選手(サッカー)などもそれに賛同した。

(発言の内容は以下の通り)

 

「最近のスポーツ界でこれが一番残念だと思いましたよ。」

「昨年ね、吉田輝星が800球くらい投げてるんですよ、予選からずっと一人で。

“宝”とか“宝石”って誰が決めるの?これくらいの選手でね、ものすごい素質があります。ダメになった選手はいくらでもいるんだから。

監督と佐々木君のチームじゃないんだから。ナインはどうします?1年生から3年生まで必死に練習して、やっぱり甲子園が夢なんですよ。」

「けがを怖がったんじゃ、スポーツやめた方がいいよ。みんな宿命なんだから、スポーツ選手は…」

「(佐々木の)将来を考えたら投げさせた方がいいに決まってるじゃない。苦しいときの投球を覚えてね、それから大成したピッチャーはいくらでもいるんだから。楽させちゃダメですよ。スポーツ選手は…」

 

前提として、僕が支持する意見は落合博満氏が取材で語った

「周りがとやかく言う問題じゃない。指揮を執った監督が最善策を取っただけ。」

当事者が解決すればいい。(略)議論にしてはいけない。」

と言う“議論にしてはいけない”と言うものだ。

 

しかし、この張本の発言は大いに議論すべきことと思う。

 

タイトルにした佐々木君にとって〇〇とは

この空所を“野球”とした時、彼自身がどう考えているか分からないが、

職業に繋がる特技であるし、学校教育の一環である部活動なのだ。

 

あの老人は、そのことを全く理解していない。

今はスポーツ医学も発達し、教育の考え方も変わりつつある。

張本が口走っているのは“戦時中の軍隊の調教”でしかない。

 

ツイートが支持されたダルビッシュ自身も、東北高校(宮城)時代に“成長痛”に苦しめられたが、当時の若生監督は練習を強要することは無かったと言う。

佐々木君もダルビッシュ同様に非常に長身の選手で、身体の成長に関しては普通の高校生とは異なる。

そもそも、ダルビッシュが苦しんだ“成長痛”と言うのも当時に比べれば、だいぶ細かく解明されているのではないかと想像する。

 

科学的根拠に基づき、多様性を認め個の能力を育むのが教育であり、根拠の無い根性論を強要し、ケガが怖いならスポーツを辞めた方がいいなどと発言してしまうなんて、僕からしたら“気が狂っている”としか言いようがない。

 

球数を放らないのが楽をしていると言うことについては、実際に100球と言う球数制限の数字が正解かは分からないが、球数に耐えられる身体でケガをしにくいフォームで投げていれば、それなりに投げることは必要だと思う。

しかし彼の場合、骨の成長がそれ(160km/hの投球)に耐えられないと言う報道があった。これが正しいと言う前提で話をするが、それが分かっていながら、連投させる指導者は教育者とは言い難い。

タイトルの佐々木君にとって〇〇とは

もう一つの空欄は“親心”とはである。

 

国保監督自身も登板させるか否かは相当迷ったと思う。

監督は勝つことを目標に野球を指導してきただろうし、(佐々木君をマウンドに上げないと言うことは)チームとして勝つ可能性を下げる選択をすることになるのだから…

 

“親心”と言う観点から言っても、決勝に登板して花巻東に勝って甲子園に連れて行ってあげたいと言う気持ちも、もちろんあっただろうし、勝つことで成長することも感じていたと思う。

 

ただ、監督の“親心”は佐々木君の将来のために、登板をさせないと言う選択だった。

僕は親になったことも無ければ、教育者でも無いが、上司になって新入社員を預かった時にはそう言う気持ちになったものだ。

学校を卒業したばかりで、親御さんから預かっていること、これからいろんな仕事を経験するだろう彼ら彼女にとって最初の上司であること、それを思うといろいろ考えてしまうものだ。

 

佐々木君のように、メディアに注目されるような環境では無いが、彼ら彼女らにとってより良い選択をしてあげること、当事者でなければ分からないこともたくさんある。

 

落合氏が言っている「当事者が解決すればいい」と言う意見に賛同するのは、そんな経験から来ている。

 

張本は当事者では無いし、佐々木君の将来に責任も取れない。

話は逸れるが、

先ほど、多様性を認め才能を育むのが教育だと言う私見を述べたが、こう言う“老害”がいるから、社会に馴染めず犯罪を犯したり、仕事につけない人間が増えて行くのだと思う。

 

野球と言うスポーツにおいても、過去の悪習で夢を絶たれたり、才能を潰された人はたくさんいるだろう。それはこう言う“老害”が第一線で発言力を持っていることが問題で、このことを議論にすべきだと思う。

 

張本は大谷翔平の二刀流についても、「二つもやるなんてプロ野球を舐めている」とまで発言していた記憶がある。

果たして、彼がプロ野球を舐めていただろうか?

その才能があって、できる環境に身を置く選択をした(=ファイターズと言う球団に入団した)。

今や、新しい野球の常識として世界で“二刀流”はしっかり信任を得たと言える。

 

それも、「大谷が投手として先発した翌日は打者としては使わない。」

ファイターズはそんなルールを運用しながら、大器を育て上げた。

それは栗山監督や球団の“親心”であり、

「ファイターズは(栗山)監督と彼(大谷)のチームでは無い」なんて誰が言えただろうか?

 

成功例と照らし合わせれば、結果論にしかならないかもしれないが、佐々木君にとって野球とは、親心とは、と言う観点から見ると、張本の言うことがいかに社会にとって問題かが分かると思う。

 

大船渡高校に勝利した花巻東高校にも「佐々木君が投げなかったから勝てた」と言う印象も植え付けかねないし、僕はトーナメントを勝ち上がった花巻東のナインには胸を張って甲子園で戦って欲しいと思う。

 

今回の問題は、ブログのサブタイトルのコンセプトでもあるので、批判覚悟で更新をさせてもらいました。

 

高校球児たちの熱い戦いに期待しましょう!?